第1回「味噌ものがたり大賞」受賞者発表!!

特別賞四郷屋ひらきんと 様

蛍は何十年見なくても気にならない。が、あの味噌汁は別もの。じゃがいもと玉ねぎ。思い出すと体の芯を涙が流れる。
太平洋戦争末期。日本のトップ企業でさえ特攻機の機材ジュラルミンが底を尽き、高野山の檜で木製飛行機を造ることになり、父は単身熊本から大阪へ転勤。しかしどうせ死ぬなら一緒にと悲痛な思いで、母と七才の私を迎えに来た。軍用列車にやっと席を得て大阪へ。そして和歌山県の旅館住まいに。発送した荷物は熊本の空襲で全焼。箸一本ない戦災者になり、八月十五日、見知らぬ町で終戦。
残した家財は使ってよいとの好都合の空家を見に行くと、久々に母が歓声を上げた。台所の土間に小さなじゃがいもと玉ねぎ発見。ひからびた味噌も。「お味噌汁作ってあげる」釣瓶つるべが音を立てた。出汁などどこにもない。それなのに味噌汁は生命いのちに沁みる絶品だった。
あれから七十九年。長野の味噌に出会った私は、あの母の味を夢中で再現している。

審査員長 松浦弥太郎の評

見知らぬ土地で戦災者として迎えた終戦の日。その台所に残されたじゃがいもと玉ねぎ、ひからびた味噌から作られたお味噌汁は、何にも勝る「おいしさ」だったのでしょう。そこにはお母様の深い愛情と、負けずに生き抜こうとする希望が伝わってくるエッセイです。