企業名 | 信州味噌株式会社 |
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住所 | 長野県小諸市荒町一丁目7-11 |
TEL | 0267-22-0007(代表) |
事業内容 | 味噌の製造・販売 |
創業 | 昭和26年1月 |
役員 | 代表取締役社長 小山 正 常務取締役 香山 春城 取締役総務部長 髙見澤 幸太 |
資本金 | 9,900万円 |
生産能力 | 年間 4,000トン |
支社・製造所 | ・東京営業所 東京都豊島区駒込1-37-6-203 03-5319-4138(代表) ・製造所 長野県小諸市加増上の平557-2 |
企業名 | 酢久商店株式会社 |
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住所 | 長野県小諸市荒町一丁目7-12 |
TEL | 0267-22-0009(代表) |
事業内容 | 醤油・味噌醸造販売、鰹節その他雑品卸小売 |
創業 | 延宝二( 1674 )年 3月 |
役員 | 代表取締役社長 小山 正 常務取締役 香山 春城 取締役 岩淵 英樹 取締役 髙見澤 幸太 |
資本金 | 130万円 |
企業名 |
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江戸 | 1674年 3月(延宝2年) | 第12代小山久左衛門正顕、当社工場の現在地にて創業。 醸造品目、清酒・酢・溜まり。小諸藩用を兼ね、長野・新潟全円と取引。 |
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1783年 3月(天明3年) | 溜まり醸造を味噌醸造と醤油醸造に分離。 | |
明治 | 1900年 1月 | 組織を改め合資会社酢久商店とする。資本金10万円。 販路を中部地方のほか関東地方にも広げる。 |
1903年 11月 | 業界にさきがけ、コルニッシュボイラーを導入 | |
昭和 | 1951年 1月 | 合資会社酢久商店味噌部、ならびに丸五商店味噌部を合併独立、信州味噌株式会社を設立。 資本金500万。 |
1957年 11月 | プラスチックフィルムの袋詰を販売。 | |
1965年 12月 | 贈答品販売。業界初のデパートを通じた積極販売に着手。 | |
1966年 8月 | 工場大改造。 | |
1970年 7月 | “手づくり味噌”を発売。一般販路による超高級品の販売に味噌業界として初めて成功。 同時に業界初の小売店登録制度を実施。 |
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1973年 6月 | 公害防止装置<逆浸透膜装置>をわが国食品業界で初めてアメリカより導入。 | |
1974年 11月 | 塩を少なくした長期熟成味噌(塩分9.5%)を業界で初めて開発、発売。 プラスチックカップ使用開始。 |
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1976年 6月 | 逆浸透膜装置を利用し、優良酵母菌の純粋培養を始める。 | |
1980年 4月 | 塩分をさらに減じた長期熟成味噌(塩分8%)を発売。 | |
1982年 12月 | “豫約醸造山吹味噌”初出荷。業界初めての予約制商品の販売に踏み切る。 | |
1985年 9月 | ドイツ・ボッシュ社のリブリングを使用し、無添加味噌としては初めての膨張防止用新容器を開発。 | |
1986年 4月 | 社長小山正邦、「みそ醸造における逆浸透膜利用技術の開発育成」により、 科学技術庁長官賞を受賞。 |
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平成 | 1990年 4月 | 低温長期熟成の商品「コクとかおり」の発売開始。 |
1990年 10月 | 業界にさきがけて、無薬品処理のボイラーを導入。 | |
1996年 9月 | NHK朝の連続テレビドラマ「かりん」の放映に協力。 | |
2005年 6月 | 小山邦武 代表取締役社長に就任。 | |
2007年 10月 | 本社工場にて創業333年フェアを開催。 | |
2008年 12月 | 合資会社酢久商店の店舗リニューアル。 | |
2015年 6月 | 森健 代表取締役社長に就任。 | |
令和 | 2021年 2月 | 小山正 代表取締役社長に就任。 |
昭和40年代後半、デパートを舞台とした「贈答品」への進出を図ることを契機に商品デザインへの取り組みを進めることとなりました。
身近に紹介をしてくださる方がおり、『氏原忠夫』氏が弊社の製品に深く関わることになりました。
最初のうちは商品の”顔”のみを製作していただいていましたが、必然的に本体のロゴの見直しも必要になりました。
タテ、ヨコ、のロゴに加え、ハッピ作成の必要から、丸に山吹も誕生することになりました。
氏原忠夫
1914年、横浜生まれ。1933年神奈川県立工業高校図案科卒。1938年森永製菓入社。1942年同社退社後、朝日新聞社出版部、ヒゲタ醤油などの仕事を手掛けたのをはじめ、グラフィック、パッケージの領域で活躍。著書に『カットデザイン』(ダヴィッド社)、『イラストレーション』(アトリエ社),『にっぽんいろは絵本』(ダヴィッド社)などがある。